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愛とは正しい価値観である

人は自分固有の価値観で、決定したり行動したりする。


人は何かしらの、価値観で行動するのではないだろうか?

そして、その価値観は多くの場合変化するものだ。


あなたが、車を買いたいとしよう。

どんな車にするだろうか?

自由に決められるほど余裕がある場合、

この分野は人の価値観がもろに出るであろう。

 

所有している車で、人の存在意義を確かめる人なら、

高級車を求めるかもしれない。

家族で長旅しても快適な車がほしいなら、ワゴン車だろう。


また以前は上記のような好みだったかもしれないが、

最近の自然環境に関して少しでも貢献したいという人は、

ハイブリッド車や手ごろな軽自動車にするかもしれない。

 

ポイントは、

1 価値観は自分の選択の基準とされ。

2 価値観は変化する事がしばしばである。


この事を示す例は、身の回りすべてに見られるので、

これ以上例を挙げる必要ないと思う。

 

前項でもお伝えしたように、愛とは正しい価値観とも表現される。

しかし、物やお金のようにではなく、愛の価値観は不変であり、普遍(どんな人でも、人の肌の色、年齢、国籍に関係なく、変わらないこと)である。

 

では、愛という価値観とはいったい何なのか?

どうのように、人はそれによって決定し行動するのだろう。

 

あなたがキリスト教を好きか嫌いかにかかわらず、

キリスト教の経典『聖書』は愛について、人類に多くの啓蒙を与えてきた。
その愛を学び命をかけて生きる使命を全うした人が絶えないほどである。

その愛について、シェークスピアから、哲学者カントにいたるまで、西洋の文学と哲学がどれほど影響を受けてきたことだろう。

 

『聖書』が言わんとする愛(アガペー:博愛)とは、

"人の最善の幸福を目的として行動する"という原則、基準、価値観です。

聖書学者であるウィリアム・バークレーはこう述べている。

「アガペーは思考と関係している。それは・・・自然と自分の心の中に生じる単なる感情ではない。それは一つの原則であって,人はその原則に従って注意深く生活してゆく。アガペーは意志と非常に深い関係にある。それは一つの征服であり,勝利であり,到達である。自然に自分の敵を愛せる人はいない。自分の敵を愛することは、私たちの自然の傾向と感情全体に対する勝利である。本来このアガペーは,愛せない人を愛し,好きではない人を愛する力のことである」

ご存知だろうか?西洋文学で何度も引用されている言葉である。

イエス・キリストは

「汝、敵を愛せよ!」と、弟子たちを訓戒している。

また自らも、自分を刑柱にかけた兵士たちに関して、

「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、分からずにいるのです」。(聖書共同訳)と語ったのです。

どうだろうか?気持ちや、感情の入るすきがあるだろうか?


もう一度、愛の定義を思い出してほしい。

 

"人の最善の幸福を目的として行動する"という原則、基準、価値観だ。

 

その対象が、反抗的な子供でも、"愛"の冷めた配偶者でも、学校のいじめっ子でも、意地悪な姑でも、おせっかいな隣の奥さんに対してでもである。

 

練習ノート

愛の定義を大きく書いて目に付くところに張っておこう。

そして、自分の家族の顔を一人一人思い浮かべながら、

「愛とは"人の最善の幸福を目的として行動する"という原則、基準、価値観だ」という言葉を、心を込めて、声に出す。一週間、毎朝(または家族が帰宅する前)にそうしよう。」


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